「古事記の歌謡」と「ギリシア・ローマ抒情詩」の基本的異相  第12回 (全14回)

第五章 「記歌」にあり、「GR詩」にないタイプの詩歌
      ①風景歌二首
      ②かわいい?戦闘歌三首  



① 風景歌、二首


     次の二つの歌は『古事記』本文によれば、敵の襲来を母親が密かに子供に伝えている歌だということになっていますが、単独の歌として読むことができる歌です。どちらも眼前の風景を詠んだだけの純然たる風景歌ですが、このような風景歌は意外にも「記歌」中にはこの二首しかなく、風景歌が頻出するのは、この『古事記』より50年ほど遅れて成立した『万葉集』以降の歌集です。『万葉集』第一巻の、「東の野にかぎろひの立つ見えて、かへり見すれば月傾きぬ」の歌と似た響きを、次の二つの歌が持っていると感じるでしょう。ともあれ、このタイプの詩歌は、「GR詩」には全く見ることができません。



(ⅰ) 狭井川よ 雲起ち渡り
    畝火山 木の葉さやぎぬ。
    風吹かむとす。 

    (狭井川の方から 雲が立ち起こって
     畝火山の 木の葉が騒いでいる。
     風が吹き出すでしょう。   歌謡番号21)





(ⅱ) 畝火山 昼は雲とゐ、
    夕されば 風吹かむとそ
    木の葉さやげる。 

    (畝火山は 昼は雲が動き
     夕暮れになれば 風が吹くだろうと
     木の葉が騒いでいます。   歌謡番号22)






② かわいい?戦闘歌、三首

      『古事記』の戦闘歌は、みなスケールの小さな歌ばかりで、敵に対する憎悪や戦闘意欲を十分に表現しきっていません。『古事記』の本文には激しい戦闘があったことを思わせる話が多く書いてあるので、実際には人々の間に強い憎悪や戦闘意欲があったはずなのですが、次の三首は、それらの感情を十分に表現していません。まず、実際に三首を見て、そのあとで小規模な歌になった理由を確認し、さらにそのあとで、ギリシア神話『イーリアス』(叙事詩です)の中の、規模壮大な文章を見ていただきます。



   (ⅰ) 神武天皇が、敵を恨んで詠んだ歌

  みつみつし 久米の子らが
  垣下に 植ゑし椒(はじかみ)、
  口ひひく 吾は忘れじ。 
  撃ちてし止まむ。

  (勇猛な 久米の人々が
   垣の下に 植えた山椒、
   その山椒のように口がヒリヒリする痛手を
   私は痛みを忘れない。
   やっつけてしまうぞ。   歌謡番号13)





   (ⅱ) また神武天皇が、戦う時に詠んだ歌

  神風の 伊勢の海の
  大石に 這ひ廻(もとほ)ろふ
  細螺(しただみ)の い這ひ廻り
  撃ちてし止まむ。

  (伊勢の海の
   大きな石に 這い回っている
   小さな丸い巻貝のように 敵を取り巻いて
   やっつけてしまうぞ。      歌謡番号14) 





   (ⅲ) さらに同じ神武天皇が、奈良の忍坂の洞穴にいる敵を撃つ時に詠んだ歌

  忍坂の大室屋(おほむろや)に
  人多(ひとさは)に 来入り居り
  人多に 入り居りとも、 
  みつみつし 久米の子が、
  頭椎(くぶつつ)い 石椎(いしつつ)いもち 
  撃ちてし止まむ。
  みつみつし 久米の子らが、
  頭椎い 石椎いもち
  今撃たば宜し。 

  (忍坂の大きな洞穴に
   敵が大勢 入り込んだ。
   たとえ敵が大勢 入っていても、
   勇猛な 久米の人々が
   刀剣でもって
   やっつけてしまうぞ。
   勇猛な 久米の人々が
   刀剣でもって
   そら今撃つのが良いぞ。   歌謡番号11)






     『古事記』の戦闘歌が小規模で、敵への憎悪を充分に表現しえていない理由は、
①この三首が山椒や巻貝という「小さな物」を比喩の材料に使っているということ、
②日本の古代文学が、幸か不幸か叙事詩という表現形式を持っていなかったということ、
③和歌が本来、戦闘や憎悪に相応ない生理を持っているということ、
以上、すべて「記歌」の本質的特徴にあるということができるでしょう。それに対して、ギリシア神話の叙事詩『イーリアス』の中の、ギリシア軍が結集する場面は、次のように規模壮大な文章になっています。




大将アガメムノンは………すぐに声朗々たる伝令使たちに命じて、
髪長きアカイア勢(ギリシア勢)を合戦に呼集させれば、触れに応じて
兵士らはたちまちのうちに集った。アトレウスの子をはじめ、彼に随う王たちが、
それぞれ部隊の隊伍を整えつつ忙しく駈け廻ると、かれらに混じって
不朽不滅の尊いアイギス(胸当て)を身につけたアテネ女神の姿もそこにある。

………女神は………進め進めと励ましつつ、アカイア勢の陣中をここへかしこへと
目まぐるしく駆けめぐる。かくして兵士ら一人一人の胸中に、不屈の闘志と戦意を掻き立てると、みるみる兵士らの気持は変って、船で国に帰るよりも、戦いこそが好ましく思われてきた。

ものみなを焼き尽す野火が、山の尾根に果しなく続く森を焦がし、
焔の色が目も遥かなる辺りまで照り映えるさまにも似て、兵士らの進むにつれ、
数知れぬ青銅の武器は目も眩むばかりの光を放ち、空の高みを貫いて上天に達した。

………兵士らと馬の足下では、大地が轟々と鳴り、スカマンドロスの花咲く野に並び立った兵士の数は幾万とも知れず、時を得て萌え出す樹々の葉や花の数にも劣らぬほどであった。 


                   『イリアス 第二歌』(松平千秋氏訳。岩波書店)を簡略化







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